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こっちみんな( ゚д゚ ) 宗教学と哲学について

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宗教学と哲学について

本屋に行ったらなぜかニーチェ関連の書籍が多くて吹いた。
なぜに今頃ニーチェ?
ニーチェvs女子高生みたいな漫画?ちっくな本もあってびっくり。
正直哲学には興味がない。
興味はないのだけど、なぜか中途半端に知識がある。
まぁなぜか、というより無理やり植えつけられたからだが。
中途半端だから間違って憶えてる事だらけだし知らないことも多いけどね(^ω^)
ま、気にすんな。

そして宗教と哲学は切っても切り離せない。そういう関係にある。

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中世の偉い人は数学者であり哲学者であり政治家で宗教家でありなんだっけ。
まぁ、ようするに世の中に精通してたわけだ。
哲学は18世紀で止まってるんだよなぁ。それに延々ループするから正直嫌いだ。
そして哲学の話を始めると宗教の話が絡んでくるし、宗教の話を始めると哲学の話が絡んでくる。
俺にとって非常にめんどくさい話だ。
話されたらがんばってくっついては行くけどめんどくさい(´・ω・`)

哲学に関してはつい最近面白い学者がいる。
正確には哲学者じゃないのかもしれないがどうでもいい。
その名はマイケル・サンデル
最近日本でも授業をやったから知ってる人も多いだろう。
その講義ではえーとなんだっけ・・
なんの講義だっけ・・・
そうそう。なんちゃらベイビー・・ あははh 忘れた('A`)
ファッションベイビーじゃなくてイノセンスでもなくてなんだっけ。。インスタントでもなくて・・
ごめん。愛知S思い出して答え( ゚д゚)クレ

ま、要するに親の望みどおりの子どもを作る事の是非を論じた授業だった。
今は頭のいい子どもを作る事は簡単だし、スポーツ優秀な子どもを作ることも簡単で、生まれる前に障害の有無を見分けることも出来る。
そういった子どもを意図的に作る事の是非を論じていた。
へー。いいことじゃん?って思うかもしれない。
だが、そこに生物が本来持つ多様性は生まれないという意見もある。
神の作りたもうた人間という存在への冒涜という倫理観の問題もある。
ま、そこらはips細胞とかクローンにも言える事なんだけどね。
延々とそこらは哲学的に論じていく。
時代は進んでも結局神という宗教的テーマから哲学は離れられないんだなぁ。と不思議な気持ちになった。


宗教的話に話を転じよう。
俺自身は幼少から新興宗教に親や、祖母が入っていたから馴染み深い。
身の回りにもなんらかの宗教に身を投じてる人間は非常に多い。
え?俺(私)は宗教なんか入ってないよ!つぅあなた!!
仏教も立派な宗教なんですがな(`・ω・´)m9
日本人は平均して3つの宗教をかけ持ち(宗教法人に登録してる信者数の合計でざっと3億超える)してる世界でも珍しい節操のない国民性をもつw
話がそれた。
俺の周りの話だった。
いろんな人間と話すとやっぱいろんな人間がいるわけだ。
某煎餅の宗教だとか他人の血は穢れてる説の宗教だったり、集団結婚マンセーな半島宗教だったりカトリックだったりプロテスタントだったり、最近政治に手を出してる某科学を名乗る宗教だったり神道だったり仏教だったりw

まず神は果たして本当に存在するのか?という疑問をもったことはないだろうか?
俺はある。ずっと考えてたし今でも考える。
ちなみに神の存在は証明されてる。らしいよ?数学的にね。
十何世紀だか忘れたけど誰かが証明してたww数学的に神がいるとか証明するとかどんだけww
まぁ数学的に証明できたからといって本当に神がいるかどうかなんて誰もわかんねーけどその数学者は神がいるって信じる根拠を見つけたんだろう。それはそれで幸せじゃないか?
結局俺のたどり着いた答えは、神はいると思えばいる。いないと思えばいないwwちゅーすんげーちゅーとはんぱな答えだww
ちゅーとはんぱな俺にぴったりな答えじゃねーか(´・ω・`)
結局のところ俺らは釈迦の掌の孫悟空なわけで運命に抗うこと自体がおこがましいのかもしれん。とは思わんがね。
そういや最近釈迦の掌の上のたとえを二人から聞いたな・・

そんな俺はいろんな宗教的価値観に照らし合わせて17くらいの頃にひとつの結論に達したわけです。
俺「二十歳になったらカトリック教徒になろう!!」と。
まぁ知ってる人も何人かいるだろう。
最近そういった話をしたけど、ま、いろんな反応があるさね。
俺は16~17である一人の牧師に救われたんだよね。精神的に。
だからその牧師を今でも尊敬してるし感謝してる。
17の頃その牧師に言った事がある。
「俺二十歳になったら洗礼受けます!!」ってにこやかにd('A`)←キモww
そこの教会は20超えてないと洗礼受けれなかったしね。

そしたら牧師はこう言った。
牧「君は洗礼を受ける必要があるのかい?受けなきゃならないくらい神様に祈りたいのかい?」と。
俺は戸惑ったわけですよ。え?って。
牧「君は仕事もしてる。趣味もある。生活に不満があるの?ないだろう?じゃあなんで洗礼を受けたいと思うの?
  君は僕のところに来てくれる。けど君をカトリックにしたいわけじゃない。
  君がカトリックじゃないからといって僕は君を拒んだりしないし、ここは(教会)君が来なきゃいけない義務があるわけじゃない。
  君が来たければくればいいし来たくなければ来なければいい。
  来なくなったからといってまた来たくなったとき来ちゃいけないわけじゃない。
  君がカトリックじゃなくても僕はいつ君が来ても拒まないし、いつでも話を聞くよ。
  お金はあげられないけど仕事がなくなって寝る場所や食べるものがなくなったらここに来ればいい。食事も寝る場所も用意はしてあげるから。
  もし君が本当に洗礼を受けたいと思うのならそれはそのときまた考えればいい。
  神様は本当にいるしカトリックじゃなくても祈る事はできる。」

というようなことを訥々と諭されました。
ま、結論として俺はカトリックの洗礼を受けませんでした。
今後受けるかも正直わかりません。
けどその牧師の言葉はあまりにもストレートで俺の胸にきたわけです。
もちろん疑念もあります。じゃなんでその主たる神は戦争を起こすのか?主に仕える人々(アメリカ人とかね)は戦争を仕掛けたがるのか?とかね。
きっとその牧師さんは俺が洗礼を受けるにはあまりにも若すぎると思ったんでしょう。
キリスト教にとって洗礼というのは神を食べることによって神をその身の内に取り込むことですから。

さて、話を哲学に戻そう。
結局のところ哲学と宗教は仏教と禅問答みたいなもんなんだと思ったわけです。
ここ数年そういった話を友人たちとたっぷり話してきたし(めんどくさかった・・・)、前述の牧師にもいろいろ訪ねたわけです。
それこそ禅問答のごとく。
若人っちゅーのは答えのない答えを求めたがる傾向があるようですな。
いまだに答えのでない答えを求め続けてるけどいい経験になった。
ちゅーことを今日本屋にいってマイケル・サンデルの本を手にして考えたわけです。

さてこれからの正義の話をしよう(^ω^)
めんどくさくない人は俺にチャットでもメールでもスカイプでもよこしてくれ(スカイプID持ってないけどなw)
話振ってくれればがんばってついてくわ(´・ω・`)
え?おれ?めんどくさいから話変えるかもしんないけどねw

かってこんな知り合いがいた。
10ヶ国語読める21歳の知り合い。今は27歳くらいになってるだろうか?
彼はアラビア語や、インドの言語を独学で学んでいた。
昔彼に聞いた事がある。
俺「なぜそんなに言語を学ぶの?特にそんなマイナーな言語を」
彼「俺はコーランとか聖書とかヒンドゥー教の聖書を原文で読みたいんだ」
俺「なんで?日本語訳あるっしょ?」
彼「翻訳は結局バイアスがかかってるし、ニュアンスがあいまいだったりするんだよね。だから原文で読んで意味を理解したいんだ」
そう言っていた彼の気持ちを理解できなかった。
けど今ならなんとなく理解できるかな。
原文で読みたいとは思わないけど。
けど、宗教戦争の争いの元がわかるなら読んで見ても面白いかもしれない。
日本人には理解できないかもしれないけど。

宗教とは哲学と切っても切り離せないと言ったけど、実は人間とも切っても切り離せない。
例えば朝日を見て感動する。これもひとつの原始宗教で太陽を崇める気持ちが人間に残ってるからだと思う。
人間は偉大と感じるものに崇拝の念を示して生きてきた。
だから俺もすべてに答えをくれる宗教があるならそれに傾倒する気持ちがわかってしまうわけですがな。
ま、そんな宗教はおそらく世界のどこを探してもないけどね。

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Beat

Author:Beat
やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。

(^ω^)いいから自己紹介するお
(´・ω・`)うるせ。ぶち殺すぞ
(;^ω^)サーセン
(´・ω・`)まぁそういうわけで趣味はあんまりないんだわ。
      俺のこと知ってるやつばかりだろうから余計な説明省くわ
      テキーラサービスしてやるからくつろいでってくれ。
      俺は梅酒だけ飲んでるけど気にすんな

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